弥生町
 昭和18年頃は原石山に向って引込線の左側に旧社宅が整然と並び、東(大沢部落側)から一の通り〜七の通りと呼ばれる411戸がありました。この通りは第一浴場を中心に4つに区割され、居住者から公募の結果それぞれ末広町・住吉町・春日町・弥生町と名づけられました。
 昭和12年から16年にかけて青海川に沿って左側に洗心町、右側に稲荷町・弥生町に297戸が建設されますが、その規模は木造瓦葺2階建14.75坪6畳6畳3畳の3部屋でした。また職頭用では16.25坪8畳6畳3畳でした。
 弥生町には社交場の第一浴場がありました。

 人口 76世帯 364人 (昭和35年)