末広町
 昭和18年頃は原石山に向って引込線の左側に旧社宅が整然と並び、東(大沢部落側)から一の通り〜七の通りと呼ばれる411戸がありました。
 この通りは第一浴場を中心に4つに区割され、居住者から公募の結果それぞれ末広町・住吉町・春日町・弥生町と名づけられました。
 昭和40年9月、水害によりほとんどの社宅が床下浸水しました。

 人口 102世帯 492人 (昭和35年



末広町の並び