稲荷町
 昭和12年から16年にかけて青海川に沿って左側に洗心町、右側に稲荷町・弥生町に297戸が建設されましたが、その規模は木造瓦葺2階建14.75坪6畳6畳3畳の3部屋でした。また職頭用では16.25坪8畳6畳3畳でした。工場仲間ではこれを「新社宅」と呼び昔からの平屋建てを「旧社宅」と呼び合っていたそうです。
 昭和18年頃から終戦にかけて稲荷町124戸がありました。
 昭和20年頃、洗心町・稲荷町などの2階建社宅を例にとって見ても月額で社宅科120銭入浴料50銭 電気料70 合計で2円40銭でした。旧社宅では合計1円62銭でした。これが戦後ずっと続いていました。


 人口  124世帯 625人   (昭和35年)
貯水池の踏み切りから